源さんの頭の中

源さんが日々考えていること、溜まっている想い、そんなことを吐き出すエッセイのようなものです。

生きる意欲

死生観

 

あまりこういう話は好まれない

生きるとか死ぬとかを発信したりすると

「あいつ何か病んでるのか?」と思われかねないからかな

 

 

でも

生きるとか

死ぬとか

考えるよね?

 

考えないもの?

 

僕は「死」を語れるほど人間できていないので今回は

生きる意欲

について考えてみた

 

 

生きる意欲って大きく四つに分けられるかなと

 

 

 

①生きることに積極的な人たち

 

やりたいことがある

叶えたい夢がある

達成したい事がある

守るものがある

幸せになりたい

幸せだ

 

という理由で生きることに前向きな人もいるだろうし

 

死にたくない

死ぬのは怖い

 

などなど

死への恐怖から逃れたいという理由で生きることに積極的な人たちもいるだろう

 

どんな理由であれ

とにかく生きていたい!

絶対まだまだ死にたくない!死ねない!

100歳200歳でも生きていたい!!!!

 

そう思える人はこのカテゴリーだ

 

 

生きることに積極的な人はとにかくエネルギッシュだ

生命力に溢れているよね

 

 

 

 

 

②生きるとか死ぬとか特に考えていない人たち

 

今日生きるのに必死でそれどころではない

そんなことを考えても仕方がない

ただ何も考えずに生きている

などなど

死生観を特に持たない人たち

 

多分だけど

日本人はここのカテゴリーの人が1番多いんじゃないかな

 

 

 

 

 

③積極的に死にたいわけではないけど、生きることにも特に積極的ではない人たち

 

今とても幸せなので、いつ死んでも後悔は無い

やりたいことは全てやってきたから、いつ死んでも後悔は無い

良い意味で人生に後悔が無いので、いつ死んでも後悔は無い

 

そういう前向きな人もいれば

 

 

世の中にある程度絶望している

人類にある程度絶望している

今の人生に飽きた

けど

積極的に「死にたい」わけではないし、死ぬ理由も特に無いから生きている

そういうちょっと後ろ向きな人もいる

 

 

 

芸能人でいうと

マツコデラックス

このカテゴリーの人だ

 

 

彼は(彼女は?)よくテレビでも言っている

・私はもういつ死んでもいいと思ってる

・人生になんの未練もない

・今の人生に飽きたのよ

・親がまだ生きてるから死なないだけ

 

 

 

ちなみに源さんもここのカテゴリーだ

 

僕も正直、いつ死んでもいいと思っている

 

好き勝手に生きてきて、やりたいことは全てやってきたし

かと言って

これからの人生で特にやりたいこととか達成したいこととかも特に無い

 

守らなきゃいけないものも特に無いし

後世に何かを残す必要も無い

 

 

あと

若干世の中に、人類に絶望している節もあるので

それに抗って生きることに辛さを感じているのも、正直あるかな

 

子どもの頃からずっと生きづらかったし

大人になってもそれは変わらなかったな

 

別に積極的に死にたいわけじゃないのに

生きるのが辛いって、結構しんどいのよ

 

 

 

なので

別に明日死んでも構わないと思っている

 

今夜布団で眠って、明日の朝目が覚めなくても別に良いと思っている

毎晩寝る時に「このまま目が覚めなかったらそれでも良いんだけどね」と思いながら寝ている

 

 

かといって別に

積極的に死にたいわけではないよ

自殺願望なんてものは微塵もない

 

 

 

例えば

今、生死に関わる病気になったとして

分かりやすいところでいうと【癌】とか

 

そういう病気が見つかったとしても

僕は治療をせずに残りの余生を今まで通りに過ごすと思う

 

もちろん癌は大変な病気だ

きっと痛みも苦痛も想像を絶するものなんだろう

 

でも

僕は自分の身体を切り刻まれるのが死ぬより嫌だ

だから手術はしない

Apple創業者のスティーブ・ジョブズ膵臓癌で亡くなったけど

彼も「自分の身体を切り刻まれたくない」と手術を拒否したそうだ

その気持ちは痛いほどよくわかる

 

 

 

でも

出来ることなら少しでも楽に死にたいから

いわゆる「終末期医療」については色々調べてある

 

緩和ケアはこの病院のこの先生にお願いしたい、という目星もつけてある

(あ、別に癌になったわけじゃ無いからね(笑)例えばの話ね。まぁ起業してから一度も健康診断を受けてないから今僕の身体がどうなってるのかも知らないけどね)

 

 

 

 

ちょっと話が変わるけど

 

以前テレビでマツコデラックスが言ってたのね

 

いつ死んでもいいと思って

 

生きている人間にしか

 

出せないものはある

 

 

うん

これは

源さんにもすごく理解できる

 

 

人生に未練が無いからこそ

失うものが無いからこそ

思い切ってなんでもやれる、なんでも出せるって、本当にあるのね

 

 

じゃなきゃ源さんみたいに

中イキ講座とか

やらないでしょ(笑)できないでしょ(笑)

 

普通の人は

そんなことできないでしょ(笑)

 

※はい、ここ笑うところね(・∀・)

 

 

僕だからこそ出来ることは

これからの残りの人生でやっていきたいとは思っているよ

 

 

 

 

④積極的に「死にたい」と思っている人たち

 

ここについては源さんが語るべきではないかなと思うので詳しくは割愛します

 

ごめんね

 

死にたい人にも理由がある

それはそれで尊重したいとも思う

 

よく心理学の人が

「死にたい」は「生きたい」と同意

みたいなことを言うけど

 

それも人によると思う

一概にそうだと決めつけるのは、殺されるよりも辛い人もいると思う

 

 

 

 

 

 

 

今回はちょっと重たいテーマだったかもしれないね

誤解しないでほしいのは、別に源さんは病んでません(笑)

ずっと変わらずこの調子で生きてきました

 

 

 

あなたの「生きる意欲」は①〜④のどれに当てはまるだろうか?

 

どれも正解だよ

 

間違いなんてない

 

あなたの人生なんだもん

 

好きにすればいいのよ

 

 

 

そうそう

最後に一つ

 

源さんがなんの予告も無くSNSに三日間ログインしなかったら

死んだと思ってね

 

 

あと

源さんに直接連絡できる人たちへ

 

僕に連絡をしてきて三日間既読にもならないし返事もなかったら

死んだと思ってね

 

 

人間なんていつ死ぬかわからないからね

 

そういう意味では

癌になって死ぬのって、ある意味ラッキーなことなのよ

 

だって

死期がある程度わかるから

死ぬ準備がちゃんと出来るのよ

 

 

「いつ死ぬかわからない」よりも

「ある程度死期がわかって死ねる」方が

ある意味恵まれてるんじゃないかなって思うよね

 

 

 

 

 

みんな

日本人って「みんな」が好きだよね

 

 

みんなやってるよ

みんな買ってるよ

みんな持ってるよ

みんな並んでるよ

みんな行ってるよ

みんな言ってるよ

みんな大好きだよ

みんな

みんな

みんな

 

 

みんなって言われると安心する

みんなって言われると「自分もそうしなきゃ」って思う

 

それが多くの日本人が持っている特性だ

 

 

 

 

日本人の国民性を表す、とても分かりやすいジョーク

沈没船ジョーク

というものを知ってるかな?

 

 

とある豪華客船が沈没しかけている

助かるには海に飛び込むしかない

船長が必死で説得して皆に飛び込むように促しているがなかなか飛び込まない

 

そこでどんな声かけをすれば皆飛び込むのか?

それらを国別にジョークとして紹介している

 

 

アメリカ人には「飛び込めばヒーローになれますよ」

イギリス人には「飛び込めばあなたはジェントルメンですよ」

イタリア人には「飛び込めばあなたはモテモテですよ」

ドイツ人には「飛び込むのはルールです」

フランス人には「飛び込まないでください」

ロシア人には「海にウォッカの瓶が浮いてますよ」

中国人には「海には美味しい食材がたくさんありますよ」

韓国人には「日本人は飛び込んでますよ」

 

 

そして、日本人にはなんと声をかければ飛び込むと思う?

 

 

そう

 

 

「みんな飛び込んでますよ」

 

 

とにかく

日本人は本当に「みんな」が大好き

自分の意思より「みんな」の意思を優先する

 

 

そして

多数決が大好き

自分が「数の多い方」だと安心する

自分が「数が少ない方」だとざわざわする

 

 

でも

よく考えてみてほしい

 

 

今まで

 

数が多い方を選んで

 

正しかったことって

 

どれだけある??

 

 

 

 

源さんは物心ついた時から

なぜか「数が多い方」を選ばない人間だった

なぜか「数が多い方」は間違っていると思っていた

 

なので

何をするにも、何を選ぶにも、基準は

「数が少ない方」

だった

 

 

 

そういう自分に明確に気付いたのは

中学生になった時だ

 

中学生になると部活動というものが始まる

僕の行ってた中学校は部活動に入ることは強制だった

 

小5か小6の時にスラムダンクがめちゃくちゃ流行っていて

周りの男子の多くは「中学生になったら絶対バスケ部に入る」と意気込んでいた

実際、多くの新入生がバスケ部に入った

 

 

 

 

源さんは

そういう流れに全く興味が持てなくて(スラムダンクは人並みにジャンプで読んでたけど)

「みんなと同じようにバスケ部に入ろう」とは全く、全く、1ミリも思わなかった

 

 

結果、源さんが入部したのは

ハンドボール

youtu.be

 

 

 

当時は(いや、今もだけど)全く人気の無いスポーツで(笑)

部員もめっちゃ少なくて

上級生と同じ練習メニューに参加できて

下級生だからといってボール拾いをさせられることもなかった

なので、入部すればほぼレギュラーもほぼ確定

とても充実した3年間だった記憶がある

 

 

かたや

 

人気に釣られてバスケ部に入部した大多数の人間たちはどうなったかというと

あまりにも人数が多いため

下級生はずっと玉拾いと基礎体力作りばかり

(練習でボールを触らせてもらえるのは玉拾いと玉掃除の時だけ)

 

その上

顧問の先生が

 

ジャージに

パンチパーマ

サングラス

という、どこからどうみてもヤ○ザ

 

おまけに

竹刀でぶん殴るという、今の時代なら速攻で体罰で罰せられるぐらいの

コテコテの暴力教師

 

あだ名は『鬼』

 

そんな地獄のような部活動だったらしい

 

 

ああ

やっぱり

少数派を選んでよかった

(ただの結果論だけどね)

 

 

 

 

 

日常で「少数派を選んでよかった」と感じることが多いのは

休日

 

 

多くの人が休んでいる土日は

当たり前だけどどこに遊びに行っても、飲食店も、イオンも(笑)

人が多い

 

 

みんなが休む大型連休

ゴールデンウィーク

お盆休み

シルバーウィーク

年末年始

この時期もどこもかしこも人と車でごった返し

旅行・交通機関・ホテルなどすべてが値上がりする

 

 

みんなが休んでいる時に休んだとて

良いことなんて何一つ無い

 

 

みんなが働いている時に休むからこそ

人も車も少ないし、色々安いし、並ぶこともないし

超快適に休日を過ごすことが出来る

 

やっぱり少数派は最高だ

 

 

 

 

 

自分が興味を持って始めたことが

なぜかいつの時期からか急に人気になることもあった

 

その一つが大人になってから始めた趣味

ボルダリング

 

源さんがボルダリングを始めた頃は

まだまだ超マイナーな競技で平日の昼間なんてほぼ貸切状態で遊ぶことができた

 

 

ところが

ある時期からボルダリングが急に人気競技になって

あっという間にボルダリング施設ににとが押し寄せ

行っても全く登れない、登れてもずいぶん待たないと登れない

そんな状況になってしまった

 

 

多くの人間が興味を持つことに

源さんは興味を持てなくなる

なので

ボルダリングも人気になってからはすぐに辞めた

 

 

 

 

 

 

「みんな」がやったことで

自分は本当にやらなくて良かったなと

心の底から思っていることがある

 

それは

 

新型コロナウイルスのワクチン接種

 

 

これこそ

みんな打ったよね

 

これこそ

絵に描いたような「みんな打ってますよ」だったよね

 

なんせ

日本国民の8割以上が打ったからね

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/ より引用

 

 

そりゃね、厳密に言えば「みんな」ではないよ

「みんな」の基準は基本的に「全員」を指す

 

けど

8割はもうほぼ「みんな」だよ

 

 

 

ちなみに

コロナワクチンに用いられた技術

mRNAがあなたの体内で大変なことになっています

 

源さんはワクチン接種が始まる前から

なんとなくそうなるんじゃないかと予測はしていたけど

 

ワクチン接種が始まってすでに三年

その間様々な研究結果・論文が発表され

源さんが思った不安が的中しています

 

あんなもの

マジで打たなくて良かった…

 

「みんな打ってるから」と

「みんな」に引っ張られて打たなくて良かった

 

多数派ではなく

少数派が正しいと信じて生きてきて本当に良かった

 

 

 

 

多数派とは言ってみれば

思考停止している人間の集まり

なのだ

 

 

そこに明確な意思はほぼ無い

だって

多数派を選ぶ基準がそもそも

 

みんなやってるよ

みんな買ってるよ

みんな持ってるよ

みんな並んでるよ

みんな行ってるよ

みんな言ってるよ

みんな大好きだよ

みんな

みんな

みんな

 

だからだ

 

多数派の人間は

思考して正しいか間違っているかを考えた結果「多数派」を選んでいるわけではない

 

本当に

世の中

「自分の頭で考える」が出来ない人間が

こんなにも多いんだなぁ…と、

少数派の人間は気付いていますよ

 

まぁ

そんなこと

多数派の人間は

死ぬまで気付かないんだろうけどね

 

 

 

思考停止している多数派の人間は

こんなごちゃごちゃしたことを考えずに

選択基準を、意思をほぼすべて他人任せにしているので

こんなごちゃごちゃと考えることもなく

 

自分たちが実は大変な人生を歩んでいるということにも気付かず

能天気に生きていられているだろうから

ある意味幸せなんだと思う

 

 

少数派の人間は

こうやって常にごちゃごちゃ考えているので

実は「世の中の本質」とか「真理」とかにいちいち気付いちゃって

 

でも

それが世の中的には「正しい」とされることがあまりなかったり

(少数派の「正しい」は、多数派の「間違ってる」だからね)

 

本当に正しいことでも

多数派の「間違っている」が罷り通るから

少数派の「正しい」はかき消されるのが常だし

 

そんな多数派の意見が反映されるのが世の中だから

少数派は常に生きづらい思いをしていたりもする

 

 

少数派だからと言って

常に幸せに生きられるわけではない

 

どちらかと言えば

多数派の「正しい」世の中に色々と巻き込まれるので

なんなら絶望していることの方が多かったりもする

 

 

 

少数派は本当に生きづらい世の中だ

 

僕も思考停止しているそちら側の人間に生まれたかったと

その能天気に楽に生きられただろうなと

思うことも多々多々ある

 

 

 

※あくまで個人的見解・考察です。僕はそう思っているだけで、これが正しいと思っているわけではありません。

源さんの頭の中。

普段はこちらのはてブロにて

gen-ron.hatenablog.com

パートナーシップや性について発信をしているんだけど

 

 

 

このブログ

源さんの頭の中

では

 

普段源さんが考えていること

源さんの中に溜まっている想い

そんなことを吐き出す

エッセイのようなブログにしていこうと思う

 

 

 

 

ちなみに

ブログのURLは

https://gen-san-essai.hateblo.jp

となっているが

 

 

あれ?

エッセイって英語だと『essay』じゃないの?

 

 

と思った人もいるかもだけど

『essai』はフランス語

 

源さんが大好きなアーティストL'Arc〜en〜Cielもフランス語

 

なんとなく、フランス語ってかっこいいな

という理由でフランス語の『essai』にしただけ(笑)

 

 

 

ものごとを決める理由なんて

こんな程度でいいと思っている

 

難しいことを考えたって

どうせ多くの人には伝わらない

 

自分が思っている以上に

世間は自分に興味関心を持っていないもの

当たり前だけどみんな自分にしか興味がない

だったらもっと自由にテキトーに好き勝手なことやって生きればいいんじゃないかな

 

 

 

 

このブログを始めようと思ったのも

昨夜布団に入って目を瞑って

 

今日もずっと思考が止まらなかったな

今日も脳が疲れたな

この止まらない思考ってマジで無駄だよな

でも

止まらないものは仕方がない

 

思考してはただ消えていくだけの想い

思考も無駄だし

消えていくのも無駄だし

どうせ無駄なら何か形に残しておきたいな

 

ああ

じゃあブログにしよう

 

そんな簡単な思考の元に生まれたのがこのブログ

 

 

目的も、問いも、答えも、お役立ち度も、何もないブログ

 

だからただのエッセイ

 

 

 

源さんが普段

無駄にテレビをだらだら観たり

無駄にスマホをだらだら見ているのは

『思考を止めるため』

 

 

 

この悩みを共有できる人がどれぐらいいるのかわからないけど

源さんは「ぼーっとする」ことが出来ない

思考をしようと思っていなくても勝手に思考が始まる

そういう脳をしている

放っておけばいつまでも思考をする

これは意外と疲れる

 

だから

強制的に思考を停止するために

くだらないテレビ番組を観たり

くだらないSNS投稿を見たりする

 

 

 

源さんが「サウナ」が好きなのもの

実は「思考を止める」のに最適だからかもしれない

汗をかいて

水風呂に入って

外気浴でととのっている時って

とにかく気持ちいいから

思考を止められる

 

 

 

そういう意味では

源さんがセックスが好きで、セックスを追求して、それを発信しているのも

実は「セックスの最中は思考を止められる」からなのかもしれない

 

 

 

いわゆる「ワンネス」な状態?←知らんけど(笑)テキトーに言ってみた

 

 

 

車の運転が好きなのも

運転に集中している時は思考を止められるからかもしれない

 

 

同じ理由で

 

歌を歌うのが好きなのも

 

美味しいものを食べることも

 

そっか

僕は、思考を止まられるものが好きなんだな

 

今この記事を書きながらこの結論に至ったよ

 

自分でも初めて気付いたよ(笑)

 

びっくりだ

 

 

やはり文章を書くことって

思考を整理できるからいいね

 

 

 

こんな感じで

これから発信していくので

暇な人は源さんの頭の中を覗きにきてくれたまえ

 

 

あーお腹すいたな

今日は朝起きた時からずっと「丸源ラーメン」を食べにいきたいと思っていて

(実はまだ行ったことがないので)

もうお腹が空いてきたから支度して食べにいこうっと

※今は2024.2.2の15:10です。源さんの夕飯は早いです(笑)